5.Virtual spaceReal spaceの間でのDownloadUpload



さて、上で、Real spaceにキュービットの系を用意すると、Virtual space上に1つの仮想的な

キュービットをつくることができ、Real spaceのキュービットを測定すれば、そのVirtualキュービットを

くるくるまわすことができる、と説明しました。では、このVirtualキュービットは常にVirtualなままなの

でしょうか?実は、Virtualキュービットを、Real spaceに持ってくることが可能なのです[J. Cai, W. Dur, M. Van den Nest, A. Miyake, and H. J. Briegel, PRL103, 050503 (2009)]

次のようなMatrix-product stateを考えましょう。







いま、Virtual spaceのキュービットは|ψ>という状態にいます。ここで、Real spaceのキュービットたちを

ある方法にしたがってどんどん測定していきます。(どうやって測定していくのか、というの

は複雑なので、ここでは述べません。論文を参照してください。)すると、あるところで、





という状態を得ます。ここで、|φ>は測定してない状態です

つまり、Virtual spaceにいた|ψ>Real spaceに移ってきており、物理的な実在する状態として

存在するようになったのです!

このように、Virtual spaceVirtualな状態を、Real spaceRealな状態にもってくる操作を、

Downloadと呼んでいます。(これは私が勝手つけた呼び名です。しかし、このCaiたちの論文は異なるモチベーションでやられているので、特にこの、Virtual spaceからReal spaceに持ってくる方法について特定の名前をつけていません。私の論文はこのCaiたちの論文の次にでて、そこで、初めてDownloadと呼んでいるので、一応公式な呼び方と考えていいんじゃないでしょうか。また、私がVirtual spaceと呼んでいるものは正式にはCorrelation spaceと呼ばれています。私は論文など公式な場ではCorrelation spaceと呼んでいますが、説明をするときは、Virtual spaceのほうがイメージしやすいのでそう呼ぶことにしています。ちなみに、Kさんによると、物性では、Auxiliary spaceという名前がすでについているそうです。)





じゃあ、逆にUpload、つまり、Real spaceにある状態をVirtual spaceに持っていくことは可能なの

でしょうか?このようなUploadをしたいと考えるのにはいくつかの理由があります。例えば、

分散量子計算があります。この、分散量子計算というのは、一つの箇所にでかい量子計算機を

いっぺんにつくるのは大変なので、小さな量子計算機を離れた箇所にいくつもつくり、

その間を量子チャンネルで結ぶ、というものです。通常、小さな量子計算機は固体や原子系が

使われ、量子チャンネルには光が使われます。なぜなら、固体や原子系は、操作は楽だが大きな系で

コヒーレンスを保つのが大変、一方で、光は、相互作用させづらいが、速く安定に情報を伝えられる、

という性質があるからです。

さて、下の図[TM, PRA83, 042337(2011)]のように、遠く離れたアリスとボブが、それぞれ、Real space

Virtual spaceをもっていて、Virtual spaceのなかで量子計算をしようとしていると仮定しましょう。

VSVirtual spaceRSReal spaceDLDownloadULUploadQC

Quantum channelです。)

















まず、アリスが自分のVirtual spaceの中で量子計算します。で、結果を、自分のReal space

Downloadします。で、それをQuantum channelを使ってボブに送ります。

ボブは、受け取った量子状態を、自分のVirtual spaceUploadします。で、そのVirtual space

量子計算して、またReal spaceDownloadして、アリスに返します。

このようなことをやりたいと思ったら、Uploadの方法が必要となります。



また、Uploadが必要なもう一つのモチベーションとしては、Fault-tolerant量子計算があります。

Virtual spaceReal spaceノイズの振る舞いが異なる、という可能性はあるわけで、

(実際あることが示されました[TM and K. Fujii, arXiv:1106.3720; 1110.4182])そうすると、ある箇所では、

Virtual spaceのほうが安定だが、ある箇所ではReal spaceのほうが安定だ、

ということがおこりえます。そのばあい、Virtual spaceReal spaceを自由に行き来することにより、

より安定な場所のみで量子計算を実行することが可能になるかもしれません。

そのようにして、Virtual spaceReal spaceを自由に行き来するためには、Downloadの方法だけで

なく、Uploadの方法も必要です。

例えば、下の図[TM, PRA83, 042337(2011)]を見てください。VSVirtual spaceで、RSReal spaceです。

黄色い丸が、キュービットだとします。いま、上の量子回路で、赤い点線で囲まれている箇所は、

VSのほうが安定だとします。なので、VSで量子計算します。ところが、青い点線で囲まれた

箇所は、RSのほうが安定です。ですから、RSに移ります。そして、また、その次の赤い点線で

囲まれた箇所はVSのほうが安定なので、VSに戻ります。このように、VSRSを行き来することに

より、安定な場所のみで量子計算を行うのです。





















さて、では、Uploadは可能なのでしょうか?実は可能なのです[TM, PRA83, 042337(2011)]

どうやってUploadすればいいのでしょう?

まず、最初に思いつくのは、クローニングでしょう。もし、Real spaceの状態がVirtual space

クローンできれば、Uploadできたことになります。

しかし、このようなVirtual, Realをまたぐクローンは不可能であることが以下の議論により

簡単に分かります[TM, PRA83, 042337(2011)]

なぜなら、もし、Real spaceからVirtual spaceにクローンできたとすると、

Downloadの方法をつかって、Virtual spaceにある状態をReal spaceに戻すことができます。すると、

Real spaceに2つの同じ状態があることになり、これは量子力学のNo-cloning theoremに反します。

したがって、Real spaceからVirtual spaceへのクローンは不可能であると分かります。

では、クローンがだめなら、テレポーテーションです。テレポーテーションの場合は、クローニング

と違って、もとの状態を破壊してしまいますが、仕方ありません。

[TM, PRA83, 042337(2011)]においては、Virtual spaceReal spaceがある種の相関を持っていることに

注目し、この相関をつかって、Real spaceからVirtual spaceに状態をテレポーテーションのように

して移す方法が与えられました。この相関は数学的にはエンタングルメントと同じ形をしているので、

数学的にはテレポーテーションのような操作をしているのですが、実際に物理的なエンタングルメント

をあらわしているわけではありません。





さて、このUploadの方法はいろいろな応用が考えられます。例えば、量子リピーターとしての

応用です。量子リピーターというのは、エンタングルメントスワッピングにより、エンタングルメント

を遠く離れた系につくる方法です。下の図を見てください。まず、一番上では、黄色の箱で示される

中継基地が一列に並んでいます。棒でつながった赤いキュービットで示されるように、

隣り合った中継基地同士でエンタングルメントを作ります。で、青い線で示されるように、

2つのキュービットを同時に測定します。すると、一つ下の図に示されるように、エンタングルメントが

中継基地を一つまたいで形成されます。さらに、真ん中の中継基地において、二つの赤い粒子を

測定すると、一番下の図のように、エンタングルメントが両はじの中継基地につくられます。

このようにして、遠く離れた基地にエンタングルメントをつくることができるのです。



















さて、我々がいま考えているVirtual-Realセットアップでも、下の図のようにすれば、Real space

Virtual spaceとの間でエンタングルメントをスワップすることができ、これにより、Virtual space間で

リピーティングを行うことができます。



















また、もう一つの応用は、Gottesman-Chuangのテレポーテーショントリック[D. Gottesman and I. L. Chuang, Nature 402, 390 (1999)]です。

このテレポーテーショントリックというのは何かといいますと、

以前、2キュービットユニタリーが確率的にしかできない場合、回路の途中で2キュービットユニタリ

が失敗したら、量子計算全体がそこでおしゃかになってしまい、また最初からやり直さなければ

いけない、という話をしましたが、このトリックを使えばそれが回避できます。それは、

どうやるかといいますと、下の図を見てください。

まず、図の下のほうの黄色い丸で示したように、本体の回路とは別に、小さな回路を走らせて、

行いたい2キュービットユニタリを実行します。もし、失敗しても、本体には影響はないので、

捨てて、もう一度挑戦します。成功するまで何度も繰り返し、成功したら、緑の矢印で示されるように、

本体の回路にテレポーテーションします。これにより、本体の計算を邪魔することなく、

オフラインで”、確率的2キュービットユニタリを行うことができるのです。





















これは、Virtual-Realセットアップにも応用できます。つまり、Virtual spaceである量子ゲートをしたい

んだけど、Virtual spaceではどうも難しい、という場面があるかもしれません。

そんなときに、まずReal spaceでゲートをやっておいて、成功したら、それを、Uploadの方法を

つかって、Virtual spaceで走っている本体の回路に入れ込むことができます。





























参考文献:

J. Cai, W. Dur, M. Van den Nest, A. Miyake, and H. J. Briegel, PRL103, 050503 (2009) ダウンロードの方法

TM, PRA83, 042337(2011) アップロードの方法





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