7.トポロジカル量子計算
トポロジカル量子計算を説明する前にまず、トポロジカル量子メモリを説明しないといけません。トポロジカル量子メモリは以下のように定義されます。
Surface codeとかToric codeとか系のジオメトリー(トポロジー)に応じて呼びわけられます。
2次元トーラス上の、平方格子を考えます。(トーラスなので、Toric codeです。)
頂点ではなく、辺にキュービットが乗っています。(黄色いつぶつぶがキュービットです。)
で、Toric codeは、互いに可換な演算子たち
の同時固有状態として定義されます。ここで、pというのは、上の図のような、ある、
四角(プラケット)で、sというのは、上の図のような十字(スター)です。
N_pというのは、一つのプラケットに含まれるキュービットの集合、N_sというのは一つのスターに
含まれるキュービットの集合です。
すぐに分かるように、これらの演算子はすべて可換なので、同時固有ベクトルが定義できます。
簡単な練習問題ですが、下のように、ちぢめると1点に集約できるような閉じたループの形に
X,Zをかけても、状態は不変です。(Xは格子上でのループ。ZはDual格子上でのループ。)
ところが、これも簡単に確かめれるように、下の図のように、いわゆる、トポロジー的に非自明な
ループ(ちぢめても、1点に集約できない)でXをかけると、状態は直行する状態に移ります。
つまり、ハミルトニアン
を考えたとき、基底状態が4重縮退していて、各基底状態が、トポロジー的に非自明なXループで
指定されるのです。4重縮退した基底状態は4次元ヒルベルト空間を張りますから、
2キュービットエンコードできることになります。つまり、Toric codeは2つのロジカルキュービットを
エンコードできるのです。そうすると、何個のロジカルキュービットをエンコードできるか、というのは、
系の種数(genus)によってきまるということが分かります。たとえば、二つ穴のドーナツ
だと、非自明ループが、5個なので、5個のロジカルキュービットをエンコードできます。
さて、なぜ、これらがメモリーとして働くかというと、まず、上でみたように、一点に集約できるような
閉じたループのエラーがおきても、それはエラーとなりません。なぜなら状態が変わらないので。
状態を変えるには、上で見たように、トポロジー的に非自明な、つまりドーナツの縦か横を一周する
ようなエラーをかけないといけませんが、そんなNon-localなエラーがおきる確率は低いです。
もし、閉じたループでなくて、開いたストリング的なエラーが起こった場合、状態は変わってしまいます
が、そのようなエラーは検出できます。どうやって検出するかというと、下の図のように、
閉じたループの端っこのところのAかBを測ると、固有値が+1ではなく、−1になっているので、
それにより検出できるのです。これだと、エラーストリングの端しか検出できないじゃないか、とおもう
かもしれませんが、上で見たように、閉じたループは、どのようにぐにぐに動かしてもいいので、
端さえ固定すれば、その間でストリングがどういう形になっているのか、というのは問題ではありません。
さて、このように、開いたループ状のエラーを作用させると、その端のところで、AかBの固有値が
逆転する、ということは、物性的な見方をすると、次のようです。まず、開いたループ状のエラーを
作用させるまえのToric codeは真空です。で、開いたループ状のエラーを作用させると、
開いたループの端のところに粒子が発生し、系が真空から、低エネルギー励起状態になります。
この粒子は、ストリングで結ばれており、常にペアーでつくられるのです。
そして、この粒子は、ボソンでも、フェルミオンでもなくて、エニオンというものなのです。
ボソンは2つの粒子の位置を交換してもなにもおこらないが、フェルミオンは2つの粒子の
位置を交換するとマイナス符号がつきます。エニオンはもっと複雑なことがおこります。
(Abelian anyonだと、exp(iθ)というU(1) Phaseがつき、Non-abelianだと、もっと複雑な非可換
ユニタリがおこります。)
さて、実際に、Toric codeの素励起がエニオンであることを確認しましょう。(準備中)
さて、このように、エニオンをまわすと、ある意味量子ゲートができることがわかりました。では、
エニオンをいっぱい用意して、ぐりぐり交差させれば、量子計算ができてしまうのではないか!
と思えます。エニオンがどう交差するか、というところしか問題でないので、エニオンの軌跡をこまかく
制御しなくてもいいわけです。これは、あるいみ、トポロジーで守られた、ロバストさといえます!
しかし、残念なことに、Abelianエニオンの場合、ぐりぐりまわしても、クリフォードゲートしかできません。
(Non-abelianの場合は、Universalな量子ゲートができる例が知られています。)
クリフォードゲートだけでは量子計算ができないので、クリフォードでないようなゲートも必要です。
では、クリフォードで無いゲートはどうやって実現すればいいのでしょうか?
実は、Magic state と呼ばれる、特別な状態を用意しさえすれば、いいのです[S. Bravyi and A. Kitaev, PRA71, 022316(2005)]。
下のような回路を考えましょう。
つまり、|0>+exp(iθ)|1>が用意できれば、z回転exp(-iθZ/2)がC-NOTとZ基底測定、
つまりクリフォードだけで実現できるのです。例えば、θ=-π/4とすれば、ノンクリフォードである
exp(iθZ/8)が実現できます。しかし、そのような状態をつくるのはノイズフリーにはできませんから、
できた状態にはエラーがかかってしまいます。ところが、Magic stateと呼ばれる特殊な状態たちは、
クリフォードゲートのみを使用して、Distillationできるのです。(つまり、エラーのある不完全な
Magic stateを多く用意して、クリフォードゲートをかけると、一つのエラーのない完全な
Magic stateが、抽出、Distillationされる。)クリフォードゲートはトポロジカルにエラーフリーで
できますから、最初のMagic stateがあまりにもひどく壊れていなければ、エラーフリーで完全な
Magic stateを得ることができるのです。これを、Magic state distillationといいます。
さて、ここまでをまとめると、クリフォードゲートは、トポロジカルメモリ上に励起されたエニオンをぐりぐり
交差させて実行し、ノンクリフォードゲートはMagic stateを手でいれてdistillationする、ということでした。
しかし、これらをやるには、2キュービット以上同時にアクセスするような操作が必要です。しかし、
これらを3次元グラフ状態でシミレートすれば、すべて1粒子測定のみで可能となるのです。
[R. Raussendorf and J. Harrington, PRL98, 190504 (2007); R. Raussendorf, J. Harrington, and K. Goyal, NJP 9, 199 (2007); A. G. Fowler and K. Goyal, Quant. Info. Comput. 9, 721-738 (2009); A. G. Fowler, A. M. Stephens, and P. Groszkowski, PRA 80, 052312 (2009)]
ちいさなサイズでこれは実験的に実現されました[Gao et al. arXiv:0905.1542; accepted by Nature]。
つまり、3次元グラフ状態さえつくってしまえば、こっちのもの、あとはトポロジカル量子計算できる!
ということになったわけですが、3次元グラフ状態というのをどうやってつくれば
いいのでしょう?光学系でしたら、以前述べたようなFusionゲートを使ってつくることができます。
その際に、粒子がロスしたり、CZゲートが確率的に失敗したりするわけですが、
そこをちゃんと考えてエラーThresholdを出したのが、[S.
D. Barrett and T. M. Stace,
PRL
105, 200502 (2010); K. Fujii and Y. Tokunaga,
PRL
105 250503 (2010);
Y.
Li, S. D. Barrett, T. M. Stace, S. C. Benjamin, PRL105,
250502(2010)]です。
では、光学系ではなくて、例えば、物性系、でつくろうと思ったときはどうしましょう。グラフ状態は、
スピン1/2の2体Nearest-neighbour相互作用ハミルトニアンのギャップのあるユニークな
基底状態にはなりえないという結果があるのでした。さあ困った。
ところが最近、[Y. Li, D. E. Browne, L. C. Kwek, R. Raussendorf, T. C. Wei, PRL107, 060501 (2011)]において、
スピン2とスピン3/2の2体Nearest-neighbour相互作用のギャップのあるハミルトニアンHの、
低温の熱平衡状態exp(-H/T)が、1粒子測定により、エラーのある3次元グラフ状態に変形
できることがわかりました。このエラーは温度Tが十分小さければ、量子エラー訂正で訂正できる
程度のものなので、トポロジカル量子計算が十分遂行可能です。つまり、彼らの結果は、ある、
スピン2とスピン3/2の2体Nearest-neighbour相互作用のギャップのあるハミルトニアンを用意して、
それを十分低温の熱平衡状態にしさえすれば、トポロジカル量子計算できます、
といっているわけです。
ところが、彼らの論文の直後に、スピン2とスピン3/2のハイブリッド系を考えなくても、
スピン3/2だけでOKだ、ということをが示されました。[K. Fujii and TM, PRA 85, 010304(R) (2012); arXiv:1111.0919]。
参考文献:
R. Raussendorf and J. Harrington, PRL98, 190504 (2007); 3次元クラスター状態上でのトポロジカル量子計算の提唱
R. Raussendorf, J. Harrington, and K. Goyal, NJP 9, 199 (2007); それのFull paper
A. G. Fowler and K. Goyal, Quant. Info. Comput. 9, 721-738 (2009); 解説
A. G. Fowler, A. M. Stephens, and P. Groszkowski, PRA 80, 052312 (2009); 解説
S. D. Barrett and T. M. Stace, PRL 105, 200502 (2010); Particle lossを考えたThresholdの計算
K. Fujii and Y. Tokunaga, PRL 105 250503 (2010); 確率的CZゲートを考えたThresholdの計算
Y. Li, S. D. Barrett, T. M. Stace, S. C. Benjamin, PRL105, 250502(2010); 確率的CZゲートを考えたThresholdの計算
Y. Li, D. E. Browne, L. C. Kwek, R. Raussendorf, T. C. Wei, PRL107, 060501 (2011) スピン2とスピン3/2粒子による熱平衡状態でのトポロジカル量子計算
K. Fujii and TM, PRA 85, 010304(R) (2012); arXiv:1111.0919 スピン3/2粒子のみによる熱平衡状態でのトポロジカル量子計算