3.AKLT状態を用いた量子計算







2章で説明したグラフ状態のほかにも、Measurement-based量子計算のリソースとなるような状態は

あるのでしょうか?実はあるのです。例えば、物性で有名なAffleck-Kennedy-Lieb-TasakiAKLT

状態も、リソース状態として使えることが知られています[G. Brennen and A. Miyake, PRL101, 010502 (2008)]

詳細は論文を見ていただくとして、ここでは、テレポーテーションをつかった解釈を説明します。

量子テレポーテーションというのは、次のようなものです。まず、数式無しの直感的説明から。

下の図を見てください。



















アリスが東京にいて、ボブがパリにいるとします。上側の図のように、アリスとボブは、

Bell pair |00>+|11>をシェアーしてます。(図の赤い二つの粒子)

アリスが青い粒子をボブに送りたいとき、青い粒子と、アリスのもっているBell pairの片割れを

一緒にまとめて測定します。すると、下側の図のように、ボブのところに、青い粒子がテレポートされる

のです。(正確には、アリスは測定結果を電話でボブに伝えます。で、その結果にしたがって

ボブはある操作をします。もし、アリスからの電話が無いと、ボブは、自分の持っている状態が

何か分からないため、テレポーテーションしたことになっていません。アリスからの電話がなぜ必要

かというと、もし、アリスが測定しただけで、ボブに一瞬でテレポートできてしまったら、因果律に反

するからです。

これがテレポーテーションですが、もし、アリスが測定するときに、すこし角度をつけて測定すると、

ボブにテレポートされる状態はその角度で回転されたものになります。

数式を使ってもう一度説明しましょう。まず、アリスとボブは以下のような状態をシェアーしています。





aがアリス、bがボブの状態です。アリスは、テレポートしたい状態をくっつけます。





アリスは自分のもっている2個のキュービットに対し、以下の射影測定をします。

(つまり、以下の4つのどれかのベクトルに射影する。)













例えば、3番最初の状態に射影されたとしましょう。すると、すぐに計算できるように、射影後の状態は





となることが分かります。つまり、ボブのところに、アリスの最初の状態が、Xがかかった状態で

移っているのです。アリスの持っている状態は壊れました。

アリスが、ボブに、3番目の状態に射影されたよ、と電話で伝えます。すると、ボブは、自分の状態に、

Xをかけることにより、アリスが送りたかった状態を復元できます。他の状態に射影された場合も同様

です。1番目の状態に射影された場合はボブは何もしない、2番目の状態に射影されたらボブは

Zをかける、4番目の状態に射影されたらボブはXZをかける、のです。

もし、ボブはアリスの状態が何番目の状態に射影されたか知らない場合は、ボブの手元にある

状態は、I, X,Z, XZがかかった状態の混合なので、これはIに等しく、つまり、ボブは自分の持って

いる状態がまったくわかりません。アリスからの電話をもらうことにより、ボブはI, X, Z, XZ

どれをかければいいのか分かり、それにより始めてボブはアリスの送りたかった状態を復元できるのです。



さて、次に、AKLT状態とValence-bond solidについて説明します。

AKLT状態というのは、物性で有名な状態で、スピン1粒子の2体Nearest-neighbour

相互作用ハミルトニアンの基底状態であり、エネルギーギャップがあります。

AKLT状態は、Valence-bond solidをつかって書くことができます。Valence-bond solidというのは、

1次元のスピン1/2の鎖を考えたとき、となりあった粒子がシングレットをつくっているような状態です。

(黒い線でつながった2つの赤い粒子がシングレットペアー。)

















で、下の図のように、となりあった赤い粒子2つを一つの青い粒子とみなすと、スピン1の鎖と考える

ことができます。このような、スピン1/2をまとめて新しい粒子をつくることを量子情報では

Projected entangled pair state PEPSとよんでいます[F. Verstraete, J. I. Cirac, V. Murg, Adv. Phys. 57,143 (2008)]

(正確にいうと、2つのスピン1/2粒子は4次元ヒルベルト空間を構成する。その3次元の部分空間に射影するような演算子を作用させると、3準位系すなわちスピン1の粒子を得る。)



















AKLT状態もこのようにして、作ることができるのです。 AKLTの場合、次のような射影子を、

上の図の黄色い箇所にかけることにより、得られます。











さて、これを理解すると、なぜAKLTMeasurement-based量子計算ができるのかが、

テレポーテーションの視点から分かります。下の図を見てください。青い1次元鎖が、

AKLT状態です。

このAKLT状態の一番右端にあるスピン1粒子を測定します。これは、Valence-bond solid

Pictureでみたときに何をしているかというと、下の黄色い図のように、アリスがボブに

テレポーテーションしていることになっています。(緑が、アリスがボブにテレポートする粒子です。

物性の言葉では、この緑の粒子を、エッジ状態とよんでいます。

青の右端のスピン1粒子を測定することは、すなわち、アリスの持っている緑のスピン1/2粒子と、

アリスの持っているシングレットの片割れとをまとめていっぺんに測定するのと同じです。)

















測定後の状態は下の図のようになります。スピン1鎖でみると、右端の粒子が測定で、

消えましたValence-bond solidでみると、ボブのとこに緑の粒子がテレポーテーションされてます。

前にテレポーテーションのところで述べたように、アリスが角度をつけて測定すると、ボブに

テレポートされた状態も、その角度で回転します。

したがって、測定角をうまく選んで、スピン1鎖を右から順に、測定すると、緑の粒子は左へ左へと

テレポーテーションされつつ、くるくると回転する、つまりユニタリ演算されるのです。

このユニタリ演算をうまく選べば、任意のユニタリができる、すなわち量子計算ができる、のです。

















AKLT状態は、物理的に自然な(スピン1の2体かつNearest-neighbour)ハミルトニアンのギャップの

ある基底状態ですので、AKLTで量子計算ができるというのは利点があります。

まず、リソース状態を用意しやすい、と期待されます。(AKLTモデルを冷やせばいいので。

逆に、グラフ状態は、2体かつNearest-neighbourなハミルトニアンのギャップのあるユニークな

基底状態になりえない、という証明があります[J. Chen, X. Chen, R. Duan, Z. Ji, and B. Zeng, PRA 83, 050301(R) (2011)]

つまり、グラフ状態は、自然なハミルトニアンのギャップのあるユニークな基底状態になりえない、

のです。

また、量子計算がギャップのある基底状態内で行えるため、量子計算がノイズから守られます。

(状態を破壊するためにはエネルギーギャップよりもでかいエネルギーを注入しないと

いけないので、系が十分低温であれば、そのようなノイズの生じる確率は指数関数的に小さい。)



このように、Measurement-based量子計算をテレポーテーションで解釈すると、

面白いことが分かります。上で述べたように、テレポーテーションには、アリスからボブへの

電話が必要で、それがないと、ボブは自分の持っている状態が何なのかわかりません。

ということは、逆に考えれば、もしボブに電話しないようにすれば、ボブに、

状態を知られないですむのです。これをうまく使えば、量子計算する人に、内容を知られないように

して量子計算を依頼することが可能になります。これをブラインド量子計算と呼びます。

詳しくは6章で説明します。







参考文献:

G. Brennen and A. Miyake, PRL101, 010502 (2008) AKLTでのMeasurement-based量子計算の方法

F. Verstraete and J. I. Cirac, PRA70,060302(R)(2004) VBSによるクラスター量子計算の解釈



TM, V. Dunjko, E. Kashefi, arXiv:1009.3486; published in Quant. Inf. Comput. AKLTブラインド量子計算







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